全日本選手権者 木和田大起氏が高校剣道の今を分析!

インタビュー=寺岡智之 写真=BUSHIZO 上島

〈プロフィール〉

木和田大起 きわだだいき

三重県紀宝町生まれ。三重高校から中央大学を経て、大阪府警へと進む。第60回全日本選手権大会優勝。世界選手権大会にも2度出場し、日本を世界一へと導く活躍を見せた。現在は大阪府警剣道上席教師として、警察官の剣道指導にあたっている。剣道教士七段

第60回全日本選手権大会を制した木和田大起選手は、その実力もさることながら、対戦相手のウィークポイントを見抜く分析力に卓越したものがある。当代きっての知性派剣士とも言える木和田さんに、夏のインターハイを振り返りながら現在の高校剣道を分析してもらった──。

九州学院と中村学園女子 男女のトップを走る両校の強さとは

──近年、高校剣道界は九州学院と中村学園女子を中心に回っていると言っても過言ではないと思います。まず九州学院について、今年のインターハイを実際に見た上での印象を教えてもらえますか?

木和田 今年は例年に比べて「個」の力がなかったと思います。もともと穴がないのが九州学院の特長ではありますが、そのなかでも「こいつに回せば大丈夫!」という選手がこれまでは存在しました。大将を務めてきた真田裕行、山田凌平、槌田祐勢、星子啓太、岩切勇磨、重黒木祐介、これらは全員個人戦でも日本一を狙える選手だったと思います。そんな選手が不在のなか、今年も日本一を手にすることができたのは、弱点をカバーするチームワークが素晴らしかったということ。強い選手がいると、その選手に回すことが前提の戦い方になりがちですが、今年の九州学院は誰かに頼るのではなく、自分でなんとかしようという強い想いが選手全員にあったような気がします。水戸葵陵との決勝戦で米田好太郎選手が決めた二本勝ちは、その象徴とも言えるシーンでした。

──九州学院と水戸葵陵の決勝戦について、木和田さんはどう見られましたか

木和田 勝負を分けたのは米田選手と木村恵都選手の副将戦でしょうね。中堅戦の勝利で流れは水戸葵陵に傾いていました。団体戦の戦い方を考えれば、あそこで木村選手は二本負けだけは避けなければならない。勝負するにしても延長に入ってからが定石です。もしかすると、木村選手は準決勝(対明豊戦)の代表戦で勝負を決めたイメージが残っていたのかもしれません。戦い方が少し雑でしたし、その隙を見逃さなかった米田選手も素晴らしかったということでしょう。

──お互い大将に回さず勝負に出て、その意識が米田選手にはプラスに、木村選手にはマイナスに働いた。

木和田 二人の力を考えたら、木村選手の方が少し分が良いというのが下馬評。でも二本勝ちや二本負けになるような力の差はありません。そこであのかたちに勝負が決まったのは、心理的な要素が大きく働いたということだと思います。

──九州学院の強さはもはや語るべくもありませんが、水戸葵陵もさすがの力を持っていますね。

木和田 九州学院と水戸葵陵は、ある意味真逆の剣道だと思います。勝ち続けている九州学院を止めるのは、ああいった大技でねじ伏せるような剣道でしょう。事実、九州学院は水戸葵陵に近い剣風であった東洋大姫路に苦戦を強いられました。お互いのカラーがぶつかりあった好勝負は、観ていてとても見応えがありました。

──女子は今年も中村学園女子が優勝し、4連覇を達成しました。木和田さんは中村学園女子の剣道をどう見ましたか?

木和田 中村学園女子春の高校選抜で県予選を抜けられず、悔しい思いをしています。大黒柱であった妹尾舞香選手が抜け、戦力ダウンは免れない状況のなかで玉龍旗とインターハイを制した。歴史を振り返れば一時代を築いた阿蘇高校(現・阿蘇中央高校)もそうでしたが、夏に照準を合わせて仕上げてくる岩城規彦監督の力量には驚かされます。インターハイに限っていえば、殊勲はやはり奥谷茉子選手でしょう。玉龍旗で大将を務めた笠日向子選手は研究されていたのか、本来の力を出し切れてはいないようでした。インターハイで奥谷選手に大将を任せたのも、岩城監督の好采配と言えます。

──東奥義塾との決勝戦は中堅戦を終えて0─2。ほとんど勝負が決まってしまったと言えるような流れでした。

木和田 勝負のかかった副将戦、中村学園女子にとっては、負けはもちろん引き分けでも敗退が決まります。そんなときは一発勝負をかけて流れを強引に引き寄せて欲しいもの。もつれて一本勝ちではなくて、男子決勝のような二本勝ちが、ポイントうんぬんではなくて大将に勇気を与えます。審判の心をつかむ意味でも早い段階での勝負が必須で、笠選手はその役目をしっかりと果たしていました。

──その後、大将戦で奥谷選手が勝ち、代表戦も制して逆転勝利となりました。

木和田 大将戦に関しては、齋藤とも選手の得意な小手技に対して、奥谷選手はかぶせ気味に技を出すことで小手を防いでいたようでした。身長の低い選手にああいった打ち方をされると、なかなか小手を決めることはできません。齋藤選手は引き分けでも勝利が決まるので、もっとうまく試合を運べればよかったのですが、奥谷選手のペースに乗ってしまいました。代表戦は、東奥義塾は中堅の杉本咲妃選手を出してきましたね。決勝トーナメント1回戦の三養基戦でも杉本選手が代表戦で出ているように、伊藤敏哉監督から絶大な信頼を得ているのでしょう。力的には五分だと思いますが、奥谷選手の執念が勝った勝利のように感じました。

──中村学園女子の剣道の特長を、木和田さんはどこにあると思われていますか?

木和田 際立っているのは「足」ですね。前に出る、後ろに下がる、そのスピードが抜群に速い印象があります。松本弥月選手(世界選手権個人優勝)や高橋萌子選手(全日本女子選手権2連覇)をイメージすると分かりやすいかもしれませんが、卓越したスピードとパワーを兼ね備えていて、普通の女子剣士はまず対応ができない。この牙城を崩すのは容易ではないと思います。

──テクニック的な要素よりも、フィジカルの強さが勝利の根底にある。

木和田 そうですね。技術面だけをみれば、たとえば守谷の方が女子っぽい上手さを持っていると思います。結局は、ほかが真似できないくらい何かに特化しているとそこが強みになる。九州学院で言えば「緻密さ」であり、中村学園女子は「フィジカル」ということになるのかなと、個人的には感じています。

──優勝まであと一歩に迫った東奥義塾に関してはいかがですか?

木和田 東奥義塾は基礎的な部分がしっかりしている印象です。打突力も中村学園女子に近いものがありますし、よく稽古をしているのが分かる剣道をしています。九州学院と水戸葵陵の対比でも言いましたが、圧倒的な力を持つ者を倒すには、逆のベクトルで力を蓄える必要がある。もしくは、中村学園女子を凌駕するくらいの特化したなにかを身につけるか。どちらにしても並大抵の努力ではたどり着けませんし、それが日本一になるということだと思います。

急成長する新興勢力・明豊 
古豪復活の予感・東洋大姫路

──大分県代表の明豊は、創部4年目で高校選抜準優勝、インターハイでも3位入賞を決めました。台頭著しいですが、木和田さんはどのような評価でしょうか?

木和田 九州学院と水戸葵陵の良いところを合わせ持った、ハイブリッドな剣道を明豊はしている印象です。大技も小技もそつなくできる上に、打突力に関しては前述の2校に引けをとりません。上位に上がってくるのも頷ける戦いぶりをしていると思います。打突力に関してもっと言うならば、竹刀が振れているのが大きな強みです。高校生はとくに、技の引き出しを増やそうとしがちですが、結局その技を出すまでに至らないことの方が多い。明豊は普段の稽古でかなりの量の追い込み稽古をしていると聞きますし、体幹の強いしっかりとした剣道を学んで、試合でもそれを実践できているのだと思います。

──明豊は系列の別府大学の剣道部員と合同で稽古をしているのも特徴の一つです。

木和田 そこが強さの秘訣なのかもしれませんね。上の世代と稽古をするメリットはとても大きい。大学生との稽古で、試合の上手さを自然と吸収できているのでしょう。

──インターハイでは準決勝で水戸葵陵と戦い、僅差で敗れました。あの試合はどう見ていますか?

木和田 明豊の堤選手と水戸葵陵の木村選手の代表戦は、堤選手に分があると見ていました。堤選手の良さは思い切り。あれだけ思い切った技が出せる大将はあまりいません。今の高校剣道は、勝負の掛かった大将戦であっても負けないことを前提とした戦い方をします。私が学生のころは一発にかける選手が多かった。良いか悪いかは別として、目を惹く剣道を堤選手はしていると言えます。攻撃的な木村選手に対して、堤選手は試合が長引いても時間をかけて戦えればよかったのですが、押しきられてしまいました。自分の良いところを出さなければ上位の相手には勝てないということを考えれば、木村選手は力を出し切ったということだと思います。

──新興勢力というには歴史がありますが、同じくインターハイで3位に入賞した東洋大姫路も会場を盛り上げるのに一役買っていました。その剣道を評価する声も多かったように思います。

木和田 実は、東洋大姫路の森本浩歳監督は、私の三重高校時代のコーチで恩師でもあります。私が学生のころの東洋大姫路は、言い方は適当ではないかもしれませんがもっと荒々しかった。今の選手たちはいわゆる「正剣」で、観客を惹きつける魅力を持っています。この結果に関しても、県予選で全国トップレベルの育英を倒しているわけですから驚きはありません。

──九州学院との準決勝は目が離せない接戦でした。

木和田 東洋大姫路の剣道は水戸葵陵と似ているところもありますから、九州学院にしてみれば相性が悪いのでしょう。九州学院は自分の制空権で戦っているうちは無敵に近いのですが、東洋大姫路や水戸葵陵のような遠間から大技でくるチームを相手にすると意外に失点が多い。緻密な剣道を狂わす一撃を持っておくことが、九州学院に勝つ一つの方法論じゃないかと思います。たとえば警視庁の内村良一選手は九州学院出身ですが、彼はつねに自分の間合をつくり出すことに長けています。負けるのはその間合に入らせない作戦を相手がとったときが多い。両校の戦いにも同じことが言えると思います。

──結果、インターハイで九学を一番追い詰めたのは東洋大姫路かもしれません。

木和田 九州学院の相馬選手にしても、データが少ないなかで勝負しなければならない大将戦は苦労したと思います。最終的には九州学院に軍配が上がりましたが、東洋大姫路は今後、全国大会を席巻するようなチームに成長するかもしれませんね。

群雄割拠の高校剣道界 トップを切り崩すのはどこか

──その他、木和田さんの目にとまったチームや選手を挙げてもらえますか?

木和田 男子で言えば福岡第一でしょうか。大将の田城徳光選手のポテンシャルは今大会随一だったと思います。九州らしい少しワイルドな戦い方ですが、それが勝負どころで良い方向に作用した結果、玉龍旗優勝の原動力となりました。インターハイでの九州学院との一戦は、相手の相馬選手が一枚上手だったと思います。田城選手の攻めに合わせてしまうと、圧倒的な攻撃力の前にやられてしまう。相馬選手はつねに冷静に戦っていたようでしたし、その冷静さが九州学院のチームに浸透した強みの一つだと感じました。

──女子についてはいかがでしょう?

木和田 上位にあがる力を持ちながらもったいない試合となってしまったのは守谷ですね。もちろん、守谷に勝った三養基も注目すべき一校です。守谷は先ほども言いましたが、女子らしい剣道で技術面では頭一つ抜けていると思います。三養基との一戦は副将戦が勝負の分かれ目であり、三養基は副将に古川寛華選手がいるのがとても大きい。彼女が、誰が見ても一本と納得のいく技で勝つからこそ、大将もその流れのなかで有利に試合が運べるのだと思います。守谷の柿元冴月選手は個人戦を制したように、現3年生世代で三指に入る選手です。大将戦はビハインドを背負った状態での戦いとなりましたから、敗戦も仕方のないことかなと感じました。

──優勝候補という意味では、島原もよく名前が挙がっていました。

木和田 島原はどの高校よりもしっかりと剣風が確立できているイメージがあります。選手全員のレベルが総じて高く穴がないので、つねに全国トップの成績を残すことができているのでしょう。今年は大将に岩本瑚々選手がおり、最後の壁を破れる力があると感じていましたが、中村学園女子の前にあと一歩のところで負けてしまいました。あの一戦は、島原のミスというよりも、中村学園女子の奥谷選手を褒めるところかなと思います。現2年生世代には、岩本選手のほかにも笠選手や齋藤選手、古川選手など素質のある選手が多い。来年も楽しみです。

まとめ

木和田 男女の高校剣道界を俯瞰的に見てみると、緻密な剣道でトップをひた走る九州学院と中村学園女子に対して、水戸葵陵や守谷などが違う方向性で戦いを挑んでいる図式があります。そこに、現代剣道の良いところをミックスさせた明豊や東奥義塾が割って入る。インターハイの上位はとくに、それぞれの学校のカラーが色濃く出ていて非常に興味深い戦いが多かったように感じました。トップが君臨している以上、次年度もこの図式で日本一をかけた戦いが繰り広げられるのだろうと思いますし、そういった目線で見ると、さらに高校剣道が面白く感じられるのではないかと思います。          

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